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大学で長いこと獣医学の教鞭をとってきた首藤さんは今、岩手大学地域連携推進センター客員教授を務めながら、鍼灸の研究をしている。「僕は鍼灸の立場からすれば邪道かもしれない」と、首藤さんは言うが、その根底にはいつも動物と人間のいい関係を見つめる優しい眼差しがある。
そもそものきっかけは、都市エリアプロジェクトで開発しているコバルト合金の生体適合性の研究をしている過程で、合金の性質を知ったことだった。コバルト合金は、強度があり、かつ弾力性がある。厚い動物の皮膚に刺しこんでも曲がることはないだろう。これなら動物の鍼に利用できると直感した。
ちなみに、多くの人用の鍼はステンレスでできている。しかし、牛や馬の皮膚は人間と違って分厚い。犬や猫でさえも人間の皮膚より厚く、ステンレス鍼では曲がってしまうこともある。
首藤さんはコバルト合金を使って自分で鍼をつくり、何度も試行錯誤を重ねた。「自分の体に刺してみて、刺さり具合を確かめる。それから、大きな虫眼鏡を使って見ながら、手の勘で0.01ミリメートルぐらいまで鍼の先を削るんですが、顕微鏡で拡大して見るとまだ先がザラザラしているんです。これでは刺したときに痛いので、さらに細かいサンドペーパーで磨くわけ。何回も試作しているうちに時間が過ぎ、結局完成まで2年間ぐらいかかったかな。」
開発した動物用の鍼は、精密機器の会社であるSIIマイクロパーツ(株)に製造を委託。現在、農林水産省に製造販売業の許可を申請中であり、許可が降りるのは平成20年末頃になるという。
空前のペットブームといわれる現在、約1200万匹の犬が全国の家庭で飼われているという統計がある。「そのうちの0.1%が鍼治療を受けてくれれば十分に商売として成り立つ」と首藤さんは見込む。鍼は1回に5〜6本打ち、通常数回〜10回くらい通院する。家族同様に犬を愛する人なら、鍼治療への関心も高いだろう。猫はそれほど多くはないが、競馬用の馬ではドーピングを疑われるような薬は使えない事情もあり、鍼治療にも期待できる。
中でも、力を入れたいのは牛への使用である。BSE問題などがあり、安全安心の牛肉が求められている昨今、動物薬の使用を抑える方向にあるという。病気になってからでは遅いので、病気になる前の段階で鍼を使えば、健康な牛を育てる一助になると、首藤さんは考えている。
「でもね、解剖学的に見るとツボの位置は一人一人違うんです。動物だって同じ。効果を上げるために今度はツボ発見器をつくりたいね」と思索を深める首藤さんは、獣医学博士の顔に戻っている。
動物用の鍼でベンチャーを起こした首藤さんだが、最も関心があるのは「人間と動物の関係」だという。どうして人は動物に癒されるのか、医療を超えるものが何かあるのか、その相互作用を本格的に研究するために10年前、「人と動物のこころ研究会」を立ち上げた。
「みんな動物と一緒にいると支えてもらって自分の生活を楽しめる。本来、動物は協調しあって生きるもの。お互いに助け合うようにできているんです。そこに、僕らが知らない力があるんです」と、人と動物の心の成り立ちとつながりを、分子レベルから超個体レベルにわたって研究している。
今後は、人と動物が互いに支えあえるように、介護型マンションにアニマルセラピーのプログラムを導入したり、ホースパークに専用の鍼灸治療室を併設することも考えていきたいという。
そのためにも「僕の役目は獣医さんが使いやすい鍼をつくること」と、首藤さん。「僕は楽しんで造っています。これで何かお役に立てればいいなと思い、そういう場所にはできるだけ顔を出しています。自分の理想を実現して、それを社会に還元していきたい。そのシステムとしてベンチャーを選んだのですから」と、柔和な笑顔で付け加えた。
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しゅとう・ぶんえい
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有限会社いわて動物鍼灸センター
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