平泉文化研究センター学術講演会(兼第39回平泉文化セミナー例会)の開催について

岩手大学平泉文化研究センターでは、東アジアにおける総合的「平泉学」の構築を図るための一環として、平泉文化セミナーを定期的に開催しております。 今回は、平泉文化研究センター学術講演会(兼第39回平泉文化セミナー例会)として下記により開催しますので、ふるってご参加ください。参加費は無料です。 記 日時:2018年3月22日(木) 13:00~16:30 場所:岩手大学教育学部総合教育研究棟2階 北桐ホール 内容: ①発表者:菅野 文夫氏(岩手大学教育学部教授) 演題:中尊寺供養願文模本成立の背景 要旨:藤原氏滅亡後の平泉諸寺院は鎌倉期を通じて徐々に衰退していったかのようなイメージがあるが、中尊寺に即していえば、北条氏一族が惣別当に就任した弘安年間以降、むしろ復興の気運が高まった時期が断続的に存在した。正応元(1288)年には金色堂覆堂が、嘉元2(1304)年には経蔵が修復されていることは残されている棟札から確認されるが、こうした堂塔修復の背景には仏神事復興を求める中尊寺僧侶の動きと、それをうけとめる惣別当・幕府の対応があった。嘉暦4(1329)年に権別当の任にあった信濃阿闍梨行円が藤原輔方に清衡願文模本の奥書・端書きを依頼したのも、そうした動向のなかで位置づけてみたい。 ②発表者:誉田 慶信氏(岩手大学平泉文化研究センター客員教授) 演題:平泉の仏会と仏土ー「場」に立つ中世奥羽仏教の一コマー 要旨:藤原清衡・基衡・秀衡の三代にわたり、平泉で執り行われた仏会(仏教儀礼)の具体像を明らかにし、そこから垣間見られる平泉の仏教、について論ずる。1126年3月の鎮護国家大伽藍落慶供養、藤原基衡の千部一日経と円隆寺の荘厳、藤原秀衡の高野山五大多宝塔釈迦如来像開眼供養の「場」に注目し、僧侶(導師)・楽人・施主が、園池・舞台などで、どう行動していたのかを明らかにすることにより、中心性と複合性、自立性と国際性、不安と菩薩道に満ちた平泉、奥羽仏土を日本中世社会のなかで位置づけてみることにする。 4.問合せ 平泉文化研究センター事務局 〒020-8550 盛岡市上田三丁目18-33 ℡019-621-6529  Fax  019-621-6529 E-mail ryukaiu@iwate-u.ac.jp